脱走犬ハチ

脱走犬ハチ

 

とにかく隙があれば必ず玄関を脱走して外に逃げるのである。

 

僕の家はマンションの4階だから夏でも風が吹きぬけて快適な日も多い。

ベランダから風が入って玄関を吹き抜けるから、ときどき玄関にわずかな隙間が出来ることがある。

そこをハチは見逃さないで飛び出すのだ。また、クロネコヤマトの兄さんが荷物を配達してくれた時も受領印を押すわずかのすきをついて玄関を飛び出してしまうのだ。

 

玄関を飛び出したハチは4階の踊り場で遊ぶのかと思いきや、脱兎の如くいやウリボウの如く4階から1階まで階段を駆け下りていく。

すばしこい事この上ない、そして奴は階下の植木にシッコをかけ、その後ろ足で土を蹴散らすのだ。上から見ると「土煙」にハチの後ろ足だけが見える。

そして奴は前の駐車場に滑り込み「猫」を探し始めるのだ。

野良猫の匂いがしてスコットランドの風景が蘇っているのかも知れない。

 

「ハチ」

と僕が追いかけ呼ぶと横目で僕を見上げて

「何だ もうきたの」

みたいな顔をして嫌そうに近づいてくる。

 

管理人のおじさんに「よく脱走するね」と何度笑われたことか!

 

ある晴れた5月の連休だった。

その日は素晴らしい太陽と風が初夏の香りを漂わせる最高の気候だった。

なんて心地いい日だろう、こんな日は年間に数える程の素晴らしい気候だなと僕はベランダで草花に水を上げていた。

 

「ティロティロティロ・・・・」電話だ。

「はい、真海です。」

「管理人ですが、真海さんのところ犬逃げてませんか?」

「えッ」

「ハチ!ハチ!ハチ!」

・・・・・・ いない!

「今預かっているから取りに来て下さい」

「はい。すぐ行きます。」

 

わー恥ずかしいな、あの家はいつも犬を脱走させていると思われてるんだろうな、あー恥ずかしいなあ、僕はそんな事を思いながら階段を下りて管理人室に向かった。

 

なんだろう、子供たちがいっぱいだな。

近寄って見る。

 

管理人室の横の柵に白い紐でつながれた黒い小さなわんこが沢山の子供たちに囲まれて嬉しそうに遊んでいるではないか!

ハチだ!

しかもご丁寧に柵には白い紙がガムテープで張られていた

「迷子犬」だと。

 

僕は赤面しつつ管理人さんにお礼を言った。

「いあ お宅しかいないと思って」

「ありがとうございます。」

 

子供たちは僕を見て叫んだ

「アツ 迷子犬のお父さんだ」

 

素早くハチを抱えて階段をすたすたと駆け上がった。